バックパックの旅

 ネパール第二の都市ポカラに降り立つと、とてものどかな田園風景が広がっていた。

 首都のカトマンズは、夕方には車の大渋滞で、排気ガスがあまりにひどく、大通りを歩くだけで本当に気分が悪くなるようなありさまだったのだが、ポカラはとても落ち着いた雰囲気だ。

 念のためにガイドブックは持参してはいたが、予定などを立てることなく、バックパック1つの身軽さで、気ままな旅をしていたので、今日泊まる宿もまだ決めていない。こうした旅を好んだのは、昔読んだ「深夜特急」にでてきたような旅に憧れていた部分もあるかもしれない。

 街に向かって歩き始めてすぐ、一人の気のよさそうな青年(と言っても当時の私と同じぐらいの30歳前後ぐらい)に声をかけられた。泊まるところを決めてないなら、友人の経営する宿を紹介してくれる、ということだ。

 たいてい、こうして声をかけてくる連中は、親しげに近づいてくるのだが何らかの企みがあるのが常で、例えばインドなどでは、旅行者と親しくなって友人になり、自分の家に招待するといってもてなす風を装い、睡眠薬をのまされ、身ぐるみはがされて、全くどこかわからないところに放っぽり出されるというような事件は、何と頻発していたりもする。

 今回の彼が、どうなのかは直ちに判別はつかない。宿を紹介して、こちらからはチップを宿からはリベートをもらうことぐらいはありそうだ。それはそれで、彼らの日常的なシステムの一部であろうし、まあ、旅行者が払ってしかるべき「手数料」のようなものかなと私は思っているので(ここは旅好きな人の中でも意見がわかれるところなんですが)、その点は別に気にならない。ただ、バックパッカーの宿やドミトリーのような安宿に泊まって旅をしているので、ちょっと高級なホテルのようなものなら、断らないと仕方ないかな、などと考えていた。

 宿まで歩いて2, 30分、道すがら話を聞くと、彼は子供が2人いるお父さんで、仕事は旅行者のガイドだそうだ。特にトレッキングのガイドの資格を持っていて、そのライセンスを見せてくれた。なるほど、だから、英語がちゃんと伝わる訳だ。途上国では商売に関係ある日常会話はできても、込み入った内容になると突然全く内容が伝わらなくなることがままある。彼の場合はさすが旅行者相手のガイドというだけあって、結構、英語教育も受けてきたようだ。

 彼の友人の経営する宿は雰囲気もよく、そこに泊まることにした。ドミトリーはなく、個室ばかりの宿だった。ドミトリーだと、同室になったいろんな国の人達と話せるメリットもあり、その点だけ少し残念だが、今日の宿がすんなり決まったのはありがたい。さあ、ここから、彼は何を要求してくるかと、今か今かと身構えていたら、なんと、

「Have a good trip!」

とだけ、言ってそのまま帰ろうとしてしまった。本当に親切心から宿を紹介してくれていたようで、ずっと半信半疑だった自分を少し恥じた。そういえば彼はガイドを仕事にしていたことを思い出し、聞いてみると、明日仕事は空いているということだ。明日の予定は、トレッキングにしよう。彼に、トレッキングのプランはお任せということで、ガイドをお願いした。ガイド料も全く吹っ掛けてこなかった。ガイド料に加えて、今日の親切に対するちょっとしたお礼も何か考えておかなくては。

「深夜特急1~6」 沢木耕太郎 著

 この本は、私にとっては麻薬だ。読むと、旅に行きたくて仕方なくなる。だから、愛読書ではあるが、読みたくなっても、なるべく読むのを控えている!

 第1巻は、沢木耕太郎が旅に出てすぐの高揚感が伝わってきて、これまで何度読んだかわからないが、特に面白い!第1巻の香港では、ある偶然から泊まることになった宿が、いわゆる「連れ込み宿」で、そこを拠点に香港にしばらく滞在する。香港の露店などの熱気や猥雑さといった刺激に魅せられ、数日の滞在予定が何週間にも伸びてしまう。旅先で出会った人とのエピソードを中心に話は進んでいくのだが、パッケージされていない自由旅行の魅力と魔力が詰まっている。

 もし、これから大学生になる皆さんがこの紹介文を読んでいたら特にですが、大学時代などには是非、バックパックでドミトリーに泊まるような旅をして、異文化に触れ自分の価値観を揺るがされるような経験をして欲しいなと思いますが、そうした旅がどんなものか、本書を読めば、イメージが湧くのではないかと思います。